福井淳一さん(フィリピン)が、フィリピン大学の学生さんに紙芝居を使って認知症の講義を♬

守破離…
《1人の100歩より、100人の1歩をカタチに》
《介護職に世の光を…から"介護職を世の光に"へ》※

きらめき認知症トレーナーの福井淳一さん(フィリピン)が、フィリピン大学の学生さんに紙芝居を使って認知症の講義を♬
認知症は日本だけじゃなく、世界中の誰にとってもジブンゴト…
介護・福祉に携わる一人ひとりが、自身の学びを興味を持ってもらえるよう、わかりやすく伝えていくこと、大事ですね!〜
きらめいてます*\(^o^)/*

福井淳一トレーナー↓
https://www.facebook.com/share/1FPKGDrmez/?mibextid=wwXIfr

以下、福井淳一さんの投稿(2025.9月)、原文そのまま掲載…
介護と世界の懸け橋
■フィリピン大学でのWWAD2025
イギリスが母体のPurple Angelが主催する認知症啓もう活動、World Walks Against Dementia (WWAD) 2025のイベントで、認知症紙芝居を紹介しました。会場はフィリピン大学の構内。認知症イベントにもかかわらず、早朝から多くの若い学生が集まっていました。
私は、現場経験をできるだけ多く積むことを心がけているので、認知症紙芝居を実践する機会があれば迷わず「Yes」と答えます。引き受けてから、どのように発表するかを考えます。
■紙芝居の強み:どこでもできる、環境に左右されない


紙芝居の魅力は、環境に左右されないことです。海外の現場でプレゼンする時、デジタルデバイスに依存していると、当日になってプロジェクターが動かない、ネットが不安定、音が出ない…といったトラブルに見舞われることがあります。
その瞬間、せっかく準備してきたプレゼンがすべて台無しになる可能性もあります。
私はもともと口下手で、日本語でも場を盛り上げるトークは苦手です。ましてや英語ならなおさらです。しかし紙芝居なら台本があるので、気持ちを込めて読むだけで、一定のクオリティが保てます。
■眠い学生たちの前で声を張る
それでも、プレゼンターとしてもっとパフォーマンスを高めたいという思いはあります。以前、フィリピンでお笑い芸人として活動する友人に相談したとき、彼から「とりあえず大きな声を出すこと」というアドバイスをもらいました。
そのアドバイス通り、この日も朝6:30の眠そうな学生たちの前で、思い切り声を張り上げて紙芝居を紹介しました。
■LinkedInから世界へ広がる
1年ほど前、フィリピン人の友人から「世界とつながりたいならLinkedInをやるべきだ」と言われ、半信半疑ながら投稿を始めました。コツコツと続けた結果、最近は認知症紙芝居がきっかけで問い合わせが来るようになりました。
バングラデシュでの介護指導につながったのも、このLinkedIn投稿がきっかけです。お医者さんや研究者からのつながりも増え、「日本の介護」に関心を持つ人が世界中にいることを実感しています。
■認知症紙芝居は「最初の一歩」
介護は、被介護者がいて初めて成り立つ日常生活支援であり、形があるようで実体をとらえにくいものです。だからこそ、世界の介護関係者と協働しようとするとき、認知症紙芝居は「最初の一歩」として最適なツールです。
どんな環境でも、どんな聴衆でも、一定のクオリティで実践できるからです。まずはそこで場を共有し、信頼関係を築いていけばいいのです。大切なのは、最初の一歩をスピーディに踏み出すことです。
もし、これから介護を武器に世界へ出たいと考えている人がいるなら、認知症紙芝居は日本人介護職にとって大きな武器になるでしょう。
■次の一手:介護の歴史と介護福祉士の役割
とはいえ、認知症ケアは日本の介護の一部にすぎません。世界に日本の介護を伝えるためには、次の一手が必要です。私にとってそれは、日本の介護の歴史と介護福祉士という専門職を伝えることです。
かつての私は「自立支援」や「尊厳」という言葉を口にしながらも、その本当の意味を理解できていませんでした。
介護の現場と教育の現場を行き来し、歴史や専門職の背景を学ぶ中で、ようやくその輪郭が少しずつ見えてきたのです。
■世界に届けるために
これからは、まず日本で働く外国人ケアワーカーに、日本の介護の魅力と価値を伝えていきます。
日本で介護を学ぶことの意義を共有し、彼らが誇りを持って働けるよう背中を押したいと思います。そして、さらにコンテンツを磨き上げ、認知症紙芝居と同様に英語で発信し、日本の介護を世界へ届けていきます。
※糸賀一雄氏…「この子らを世の光に」から援用。。
Bridging Caregiving and the World
■WWAD 2025: A Morning to Remember
At the World Walks Against Dementia (WWAD) 2025 event at the University of the Philippines, I had the privilege of presenting Dementia Kamishibai, a Japanese-style dementia care storytelling activity.
Despite the early 6:30 a.m. start, many young students gathered on campus. I value on-site experience, so whenever I get a chance to present Dementia Kamishibai, I always say “Yes” first — and then figure out how to deliver it.
■The Power of Dementia Kamishibai
The beauty of Dementia Kamishibai is its reliability.
When presenting overseas, projectors can stop working, internet connections can fail, and sound systems may go silent — but with Dementia Kamishibai, all I need is my voice and the script.
Even though I’m not a natural speaker, I can deliver a meaningful, high-quality session anywhere. This practice has also connected me to the world.
When I started posting on LinkedIn a year ago, I never imagined it would lead to collaboration requests — including caregiver training programs in Bangladesh — and new connections with doctors and researchers.
■From First Steps to the Next Challenge
Caregiving is not an object but a support for daily life, which makes it hard to explain. That is why Dementia Kamishibai is the perfect “first step” when collaborating with partners worldwide. It quickly builds shared understanding and trust.
But dementia care is only part of Japan’s caregiving story. My next step is to share the history of Japanese caregiving and the role of the Certified Care Worker, the profession that shapes the very foundation of care in Japan.
■Sharing Japan’s Caregiving with the World
I want foreign care workers in Japan to feel proud of learning caregiving in Japan. Once I refine this content, I will translate it into English — just like I did with Dementia Kamishibai — and continue to share Japanese caregiving with the world.
※糸賀一雄氏…「この子らを世の光に」から援用。。

福井淳一さん(フィリピン)が、マニラにある介護士養成学校で、紙芝居を使って認知症の講義を♬

守破離…
《1人の100歩より、100人の1歩をカタチに》
《介護職に世の光を…から"介護職を世の光に"へ》※

きらめき認知症トレーナーの福井淳一さん(フィリピン)が、マニラにある介護士養成学校で、紙芝居を使って認知症の講義を♬
認知症は日本だけじゃなく、世界中の誰にとってもジブンゴト…
介護・福祉に携わる一人ひとりが、自身の学びを興味を持ってもらえるよう、わかりやすく伝えていくこと、大事ですね!〜
きらめいてます*\(^o^)/*

福井淳一トレーナー↓
https://www.facebook.com/share/1FPKGDrmez/?mibextid=wwXIfr

以下、福井淳一さんの投稿(2025.3月)、原文そのまま掲載…
越境に必要な資質は、勇気と謙虚さ
マニラにある介護養成学校で、認知症ケアの講義を行いました。この学校は、私にとって特別な場所です。
15年前、何のつてもないままフィリピンに飛び込み、ここで学んだことが、今の私をつくる大きな転機となったのです。
2008年、私は世界一周の旅をしていました。
ある日、ペルーで一通のメールを受け取りました。そこには「日本がフィリピンとインドネシアから介護人材を受け入れることになった」と書かれていました。
次に向かうのはケニア、そしてインド。その先は決めていませんでした。でも、「だったらフィリピンに寄って、フィリピン流の介護を見てみよう」と思い立ち、旅のルートを変えることにしました。
とはいえ、フィリピンに知り合いは一人もいません。当時はネットもSNSも今ほど発達しておらず、どうやって現地の介護に近づけばいいのか、まったくのノープランでした。
そんなとき、インドから一緒に旅をしていた友人が英語を学ぶことになり、彼の先生が「これからカナダで介護士として働く」と話してくれました。なんと彼女は介護学校を卒業したばかりだというのです。
これはチャンスだと思い、彼女に頼んで紹介状を書いてもらい、それを片手に学校へと飛び込みました。
世界一周旅行中の小汚い格好では失礼だと、近くの古着屋でポロシャツを買い、その場で着替えました。名刺も持っていなかったので、紙を適当に切って自作しました。
そして学校に行くと、偶然にもオーナーがいました。
「フィリピンの介護を学びたい」と、直談判でお願いしました。旅人風の怪しい日本人に、突然「授業を無料で受けさせてほしい」と言われたら、普通は断られるでしょう。
でも、奇跡的にその願いは通じ、私はフィリピン人の学生とともに、約半年間、介護の授業を受けることができたのです。
あのとき、あの学校で学ばなければ、今の私はいません。間違いなく、人生のターニングポイントでした。
先月、日本から来たゲストを連れて、久しぶりにその学校を訪れました。すると、当時の先生が、まだ働いていました。15年ぶりの再会です。
「あのとき、日本の介護技術の参考書を英訳してくれたよね、まだあるよ。」と、先生はそう言ってくれました。
図々しくも無料で授業を受けさせてもらったので、せめてものお礼にと、私の拙い英語力を振り絞って英訳したのです。私の記憶から消えていたことを、先生が覚えていてくれていました。
あの頃の自分が、ここに確かに存在していた証が、今も残っている。一気に当時の記憶が蘇りました。
せっかくだから、一度この学校で授業をさせてもらえないか——そうお願いして、今回の認知症ケアの講義が実現したのです。


当日、15年前の私の先生も講義を聴きに来てくれました。学生たちには「私はこの学校の卒業生です」と伝えると、驚きとともに、歓声が上がりました。
「人生の伏線を回収した」
そうカッコよく言いたいところですが、実際はすべて偶然の積み重ねです。ただ、たまたまとはいえ、あのとき飛び込んだからこそ、今の私があります。
介護を「KAIGO」に変えるための3つの越境——それは、あれこれと難しく考えるより、まず飛び込んでみることが大切なのだと思います。
丸腰で飛び込む「勇気」と、丸腰になって得られる「謙虚さ」を携えていけば、けっこう道は拓けるものです。
今更ながら、15年前の自分には「グッジョブ」と言ってあげたいです。
※糸賀一雄氏…「この子らを世の光に」から援用。。
The Essential Qualities for Crossing Borders: Courage and Humility
Recently, I gave a lecture on dementia care at a caregiver training school in Manila. This school holds a special place in my heart.
Fifteen years ago, without knowing anyone in the Philippines, I took a leap of faith and studied caregiving there. That experience became a major turning point in my life.
In 2008, during my round-the-world journey, I came across a piece of news:
“Japan will start accepting caregivers from the Philippines and Indonesia.”
This caught my attention, and I decided to alter my travel plans to see Filipino caregiving firsthand. However, I had no connections and no clear idea of how to get involved in the local caregiving field.
By chance, I met someone who introduced me to a caregiver training school. With a letter of introduction in hand, I visited the school and directly negotiated with the owner.
Miraculously, I was accepted, and for six months, I studied caregiving alongside Filipino students. That experience has shaped who I am today.
Last month, I had the opportunity to revisit the school and reunite with my teacher from 15 years ago.
To my surprise, the teacher still had the Japanese caregiving textbook I had translated into English back then. They remembered me, even though I had completely forgotten about the translation.
Feeling a deep connection to my past, I asked if I could give a lecture at the school, and my request was granted.
On the day of the lecture, I told the students, “I am a graduate of this school.” They responded with surprise and excitement.
Reflecting on this journey, I realized that my path was not carefully planned but rather a series of coincidences that led me here. However, it all started with the courage to dive in and the humility to learn with an open mind.
Looking back, I can confidently say to my younger self, “Good job!”